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2023年2月4日土曜日

「鎌倉江の島七福神」御朱印帳(結願)<令和4年10月>

「源頼朝ゆかりの三社詣」に続いて、令和4年10月15日に「鎌倉江の島七福神」結願することができました \(^o^)/

鎌倉江の島七福神・御朱印帳
鎌倉江の島七福神・御朱印帳

令和4年8月、御朱印巡り開始後初めて鎌倉を訪れた時に ↑↑↑ この「鎌倉江の島七福神」専用の御朱印帳を鶴岡八幡宮境内の旗上弁財天社でいただいて「鎌倉江の島七福神巡り」を始めました。

↓↓↓ 参拝順にご紹介! m(_ _)m

2023年1月6日金曜日

由比若宮 <令和5年1月>

荏柄天神社からバスを使って元八幡・由比若宮へ。

源頼朝より5代前の源氏の頭領・源頼義は前九年の役に出陣する際、源氏の氏神である石清水八幡宮に戦勝を祈願。その奥州平定の翌年(1063年)に、報賽の意を込めて鎌倉の由比郷に石清水八幡宮を勧請したのが始まりです。

由比若宮・参道入口
由比若宮・参道入口

↑↑↑ やはりお正月...目立つ案内板が置かれています。普段は「元鶴岡八幡宮」と刻まれた社号標のみ。ここまで来れば由比若宮はもうすぐです。

由比若宮1

この中が境内...それほど大きな敷地ではありませんが、閑静な住宅街にひっそりと佇む感じでいい雰囲気です。

荏柄天神社 <令和5年1月>

法華堂跡(北条義時墓)から徒歩3分ほど... 荏柄天神社 です。

荏柄天神碑
荏柄天神碑

天神社というくらいですから、御祭神は菅原道真公。関東を中心に各地に分社をもち、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と共に三古天神社と称される古来の名社です。

鳥居

2023年1月5日木曜日

法華堂跡(北条義時墓)<令和5年1月>

源頼朝墓の東側の山の中腹の平地にあるのが法華堂跡(北条義時墓)。と言っても所謂お墓があるわけではなく、義時の死後建立された義時の法華堂が建っていた場所、ということです。

法華堂跡(北条義時の墓)へ

源頼朝墓の階段下、大藏白旗神社(西御門)から小径を50mほど東へ行くと、ここ ↑↑↑ に。

法華堂跡(北条義時墓)1

法華堂跡(北条義時墓)2

源頼朝墓の記事でも触れましたが、ここと併せてこの一帯を「史跡法華堂跡(源頼朝の墓・北条義時の墓)」として国指定されています。

参考までに.....スマートフォンアプリ「AR北条義時法華堂」をダウンロードすれば、北条義時法華堂の復元CGを楽しめるとか....。

2023年1月3日火曜日

大藏白旗神社(西御門)<令和5年1月>


法華堂跡(源頼朝墓)
の階段下に鎮座する「大藏白旗神社(西御門)」です。普段は無人で少し寂しい感じの神社...2008年の夏に来た時はこんな感じでした ↓↓↓

2008年8月・大藏白旗神社(西御門)
2008年8月・大藏白旗神社(西御門)

ですが、さすがお正月!あちらこちらに案内板が!! ↓↓↓

白旗神社(西御門)案内板

この他にも何箇所か...金沢街道沿いにもありましたよ。

法華堂跡(源頼朝墓)<令和5年1月>

 鶴岡八幡宮から徒歩で5分ほど... 法華堂跡・源頼朝の墓へやって参りました。

源頼朝墓へ

↑↑↑ 突き当たりの階段を上ると 源頼朝の墓 です。

法華堂跡碑

法華堂は、1189年に源頼朝が奥州征伐の祈願所として、伊豆山権現の專光房良遷に命じて建立した、聖観音像を御本尊とする持仏堂で、頼朝は死後ここに葬られ「法華堂」と呼ばれるようになりました。その御本尊・聖観音像は、あの!挙兵時に髷の中に納めていたものだとか...。

2023年1月2日月曜日

鶴岡八幡宮 2 (白旗神社)<令和5年1月>

 鶴岡八幡宮 1 <令和5年1月> の続きです。

由比若宮遙拝所
由比若宮遙拝所

↑↑↑ ここから八幡宮の元宮である由比若宮 (現在の材木座に鎮座)をお参りできます。

鶴亀石
鶴亀石

↑↑↑ 水で洗えば鶴亀のような輝きを出すと伝えられる名石だそうです。

そして、最近は時間の関係もあり参拝していなかった、黒漆塗のとってもカッコいい社殿の... ↓↓↓

鶴岡八幡宮 1 <令和5年1月>

明けましておめでとうございます。

朱印集めも無事に2年目突入です。
本年も宜しくお願い致します。

新年一発目はやっぱり鎌倉...鶴岡八幡宮から!

80ハリアー1

毎年250万人もの参拝者で賑わう全国でも有数の初詣の名所。物凄〜く混むのは分かっているので、5時前に出発。

80ハリアー2

当然?バスなんて始発前なので、奥さんに駅まで送ってもらいました...(⌒-⌒; )

段葛
段葛

6:45に鎌倉駅到着。二の鳥居から段葛へ...。

2022年11月22日火曜日

御朱印帳「鎌倉遠景」(工房沙彩)<令和4年11月>

 少し前になりますが、新しい御朱印帳をオンラインで購入しました。

御朱印帳「鎌倉遠景」(工房沙彩)1

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」関連商品の一つ...工房沙彩さんから発売されている「鎌倉遠景」の御朱印帳です。

2022年10月23日日曜日

松岡山 東慶寺 <令和4年10月>

浄智寺から徒歩3分...松岡山 東慶寺です。

東慶寺1

東慶寺2

1,285年に北条時宗夫人の覚山志道尼のよって開創された臨済宗円覚寺派の寺院です。女性から離婚できなかった時代...ここに駆け込めば離縁できる女人救済の寺、所謂駆け込み寺として明治に至るまでの600年、縁切りの寺法を引き継いできました。当然男子禁制でした。

2022年10月22日土曜日

金寶山 浄智寺 <令和4年10月>

長寿寺から徒歩で5分ほど...次の目的地、浄智寺へやってきました。

標識

こうして見ると、源氏山公園も高徳院もそんなに遠くないんだなぁ...ピンと来ないけど。
 
山門
「山門」

浄智寺は臨済宗円覚寺派、鎌倉五山第四位のお寺です。5代執権北条時頼の三男である宗政が亡くなった際に、その菩提を弔うために1,281年頃創建されました。開祖は宗政の子・師時としたが、当時まだ8歳...実際には宗政の妻と兄の北条時宗による創建だそうです。

ちょっと小さくて見づらいですけど、円覚寺開山の無学祖元の筆とされる「寶所在近」の文字が掲げられた総門です。

宝亀山 長寿寺 <令和4年10月>

 佐助稲荷神社をあとにして、市役所通りまで出るとジャストタイミングでバスが!!!バス停二つ分の距離だったんですが、迷わず乗ってしまいました。助かりました。おかげで体力温存できました o(^▽^)o

8月に来た時と同じく、鎌倉駅前の川古江家さんでお昼御飯 \(^o^)/

川古江家・釜揚げしらす丼と冷たいお蕎麦

やっぱりこの釜揚げしらす丼は美味でしたよ〜!もちろんお蕎麦もね (^○^)


川古江家さんの目の前のバス停から大船行の江ノ電バスに乗り、上町で下車して徒歩3分。宝亀山 長寿寺へ...。

長寿寺入口

境内は以前非公開だったそうですが、近年は特別拝観として、季節・曜日限定で公開しています。春季<4月〜6月>、秋季<10月〜11月>の金土日祝、12月1日〜7日でいずれも10:00〜15:00...雨天中止だそうです。

長寿寺は臨済宗建長寺塔頭寺院で、足利尊氏公が邸跡に1336年に創建して、諸山第一位の列に定めました。尊氏は1358年に京都で亡くなり、その法名は京都では等持院殿、関東では長寿寺殿です。

尊氏没後、尊氏四男である鎌倉公方足利基氏によって、父の菩提を弔うために七堂伽藍を備えた堂宇が建立されました。

2022年10月19日水曜日

佐助稲荷神社 <令和4年10月>

銭洗辨財天 宇賀福神社から徒歩で7分ほど(ほぼ下りなので楽ちん)...やはり源頼朝に所縁ある佐助稲荷神社に到着しました。

社号標石
「社号標石」

朱の鳥居と参道の入り口

これが有名な朱の鳥居が林立する参道...ゾクゾクしますね ((o(^∇^)o))
この朱の鳥居...なんと49基建っているそうです。銭洗辨天もそうでしたが、まさに異世界への入口感が凄いですね。

平治の乱で敗れ、伊豆の蛭ヶ小島へ流されていた源頼朝が病に臥せっていた際に「かくれ里の稲荷」を名乗る翁が夢枕に立ち、平家討伐の時節到来を告げて挙兵を促した...

2022年10月18日火曜日

銭洗辨財天 宇賀福神社 <令和4年10月>

江島神社の参道から江の島弁天橋を渡り、江ノ電江ノ島駅へ向かいます。前半は銭洗辨財天 宇賀福神社までの移動風景です(⌒-⌒; )

江の島弁天橋から

江の島弁天橋から。確か富士山こっちの方だったような気がするんですけど...しばらく待っていれば雲が取れたのかもしれませんが、この日は見れませんでした (T ^ T)

江ノ電 江ノ島駅
「江ノ電 江ノ島駅」

ここから乗ったのは初めてかも?江島神社から15分弱...思ったより遠かったな (^_^;)

2022年10月16日日曜日

日本三大弁財天 江島神社 <令和4年10月>

3ヶ月連続の鎌倉...まずは江の島(鎌倉市じゃないけど、同じエリアということで💦)から。今回はもちろん!?1人で電車です(爆)
大船駅から江ノ電バスで江の島まで...という初めて使ったルートでしたが、快適でしたよ。鎌倉を経由せず直接江の島入りするならこの方が楽ですね。

今までは(と言っても、もう何十年前か覚えてもいませんが)ただの観光でしか来たことはなかったんですが、日本三大弁財天 江島神社へ(初めての?)参拝です。

江ノ島1

江ノ島2

参道-青銅の鳥居
「青銅の鳥居-参道」

江の島弁天橋からまっすく...青銅の鳥居をくぐり参道を進む(登る?)とそのまま江島神社へ到着します。

2022年10月8日土曜日

鎌倉_おまけ <令和4年9月>

この日の鎌倉...私は半分御朱印巡りでしたが、もう半分は家族で日帰り旅行?でした。

鶴岡八幡宮・ニの鳥居
「鶴岡八幡宮 ニの鳥居」

ここら辺にクルマを停め、奥さんと娘は鶴岡八幡宮へ。彼女たちの目的はもちろん?小町通りでしたが、まだほとんどのお店は開店前...打ち合わせしていたとおり、本宮に参拝→宝物殿→大河ドラマ館を回ったようです。私はその大河ドラマ館の前で合流。そろそろ小町通りのお店も開き始めたので、移動開始です。

2022年10月7日金曜日

稲荷山 別願寺 <令和4年9月>

安養院から大町大路を鎌倉駅方面に少し戻ったところ...稲荷山 超世院 別願寺へ向かいます。

別願寺1

元は真言宗の能成寺という寺院だったそうです。当寺の公忍が一遍上人に弟子入りし覚阿と改名、寺も時宗に転宗し「別願寺」と改称したとのこと。
鎌倉の時宗の中心として室町時代には足利氏が深く信仰...鎌倉公方代々の菩提寺として栄えました。

別願寺本堂
「本堂」

本堂は2021年に建て替えられたようで、物凄〜く綺麗でした。

2022年10月6日木曜日

安養院 田代寺(田代観音)<令和4年9月>

八雲神社からさらに徒歩で祇園山 安養院 田代寺へ。
道中、気になる神社仏閣がちらほら...さすが古都鎌倉!でもとりあえず安養院へ向かいます。

安養院1

安養院2

ここ安養院は、1225年に北条政子が源頼朝の冥福を祈って笹目ヶ谷に、願行を開山として建立した祇園山長楽寺が前身。1333年に鎌倉幕府滅亡とともに焼失し、この地にあった善導寺と統合され安養院長楽寺と号したそうです。この安養院は北条政子の法名が由来。で、田代寺は1192年に田代信綱が尊乗を開山として比企ヶ谷に建立したのが始まりで、江戸時代になって安養院に統合されました。なお千手観音(田代観音)は田代寺にあったもの移したそうです。御本尊は阿弥陀如来...う〜ん複雑 (^_^;)

2022年10月5日水曜日

八雲神社 <令和4年9月>

 妙本寺から住宅街の細めの道を徒歩で八雲神社へ。

八雲神社入り口

新羅三郎義光が京都の祇園社を1083年に勧請したと伝えられています。新羅三郎義光...源義光は河内源氏二代目棟梁の源頼義の三男で、近江国の新羅明神で元服したことから「新羅三郎」と呼ばれます。義光は甲斐源氏の初代当主で、有名なところでは武田信玄や平賀朝雅もその子孫の一人です。

比企谷 妙本寺 <令和4年9月>

 またまた鎌倉です。
この日は以前から計画していて、家族揃ってのハリアー初ドライブでした(^○^)

鎌倉駅近くの駐車場に停め、とりあえず私は一人別行動で御朱印巡りです。
まずは比企氏ゆかりの比企谷 長興山 妙本寺へ。

Googleマップを見ながら歩いていると...あれ?ここは先月来た本覚寺!こんなに近かったとは!!∑(゚Д゚) まぁ土地勘無いし、方向音痴だし...(^_^;)

総門

総門
「総門」

比企能員邸址碑
「比企能員邸址碑」

妙本寺は日蓮宗の本山で、開基は比企の乱で唯一助命された比企能員の末子・比企能本で、開山は日蓮聖人。山号の長興は父・比企能員、妙本は母に、日蓮聖人が授けた法名だそうです。

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