2022年12月18日日曜日

安房国一之宮 洲崎神社 1 <令和4年12月>

那古観音からさらに南下...雨も本格的になってきたため、途中コンビニで傘を買い、やってきました「安房国一之宮 洲崎神社」。房総半島の先端です!

源頼朝伝承も残り、力強い書体の御朱印も人気のこの洲崎神社。是非直書きしていただきたいんですが、宮司さんも常駐しているわけではないらしく、この雨で不安いっぱい...。

洲崎神社1

房総フラワーライン(県道257号)からそのまま入れます。↑↑↑ の写真の左側手前が駐車場です ↓↓↓

駐車場

せっかく傘買ったのに、着いたら上がりました (^◇^;) でも雨の中参拝はキツいので、運が良かったと思いましょう!


手水舎

手水舎です。奥に見える黄色い建物が社務所。宮司さんもいらっしゃって直書きしていただけるということで、先に御朱印帳を預けてからの参拝です。

由緒・歴史

御祭神は天比理乃咩命。安房神社祭神天太玉命の后神で、元の名を「洲ノ神(すさきのかみ)」と称されていました。

1180年8月、石橋山の戦いに敗れ海路で安房国へ逃れた源頼朝は、上総介及び千葉介へ参上を要請する使者を送り、洲崎神社へ参拝...源氏再興を祈願しました。さらに、海上を安全に渡ることができたことを神助によるものとして、その報賽の意を表し神領を寄進したそうです。
1182年には、妻北条政子の安産祈願のため、安房国の豪族である安西景益が奉幣使として洲崎神社へ派遣されました。

随身門
「随身門」

随身門・木鼻
「随身門・木鼻(狛犬?)」

左大臣・右大臣

書き置き御朱印

なんと!随尋問の中には ↑↑↑ このように2サイズの書き置き御朱印が置かれています。宮司さん不在の時はこれをいただけるんですね...なんて親切な (T . T) 
しかしご覧のように、硝子戸は開けっぱなしで中身も少々乱れています。神社の方が取りやすくこのように置かれたのでしょうか?そんなことはないでしょう?ちょっと気になったので軽く整えて扉閉めておきましたよ。大きなお世話かな?

厄祓坂(148段)
「厄祓坂(148段)」

148段。思ったより...いや、予想通りキツかったです。寒いくらいの日で良かった...また汗だくになるとこでしたよ (^_^;)

拝殿1

拝殿2
「拝殿」

稲荷神社1

稲荷神社2
「稲荷神社」

長宮
「長宮」

↑↑↑ 豊玉彦命(海を司る神)・大山津見命(山を司る神)・建速須佐之男命(厄除・開発の神)・大物主命(農工商・医薬の神)の四神は祀られています。

金比羅神社
「金比羅神社」

本宮
「本宮」

霊峰富士遥拝所

拝殿前から100m... ↓↓↓ 雨上がりだし、気をつけないとコケそう... (⌒-⌒; )

富士見鳥居へ

↑↑↑ こんな感じの階段を上ったり下りたりして到着〜。

富士見鳥居1

富士見鳥居2
「富士見鳥居」

富士見鳥居からの景観

富士見鳥居からの景観です ↑↑↑ 富士山はどこ? (~_~;) お天気は回復したけど、雲の量が多く見えませんでした。

金の鳶

↑↑↑ 富士見鳥居の右手にはこの金の...鳶? ↓↓↓ これ?

鳶

標準ズームではこれが限界でした...鳶ですよね?

頼朝公・笠掛ノ松1

頼朝公・笠掛ノ松2

↑↑↑ 小さいですけど「頼朝公・笠掛ノ松」です。この松は平成20年に植えられたものだそうです...何代目?
解説板によると...洲崎地区には「漂(みよ)」と「笠掛(かさげ)」という集落があり、 当社を参拝された源頼朝公が松に笠を掛けて「あれ見様笠掛けて」と言ったことから頼朝公が見た集落を「漂」、立っていた集落を「笠掛」と呼ばれるようになったと伝えられているそうです。

養老寺への分かれ道

左奥が前述の「富士見鳥居」と「頼朝公・笠掛ノ松」で、右手の階段を下りていくと「洲崎観音 養老寺」です。


続く...。

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